1月の日銀金融政策決定会合は、筆者にとってサプライズであった。政策変更がなかったのは予想通りだったが、日銀から発信されたメッセージは、これまでと大きく変わった印象がある。尾河眞樹氏のコラム。写真はドルと円の紙幣。2013年2月撮影(2024年 ロイター/Shohei Miyano)
[東京 31日] - 1月の日銀金融政策決定会合は、筆者にとってサプライズであった。政策変更がなかったのは予想通りだったが、日銀から発信されたメッセージは、これまでと大きく変わった印象がある。
<マイナス解除に前向き姿勢>
年初の能登半島地震による経済への影響を見極める必要があることに加え、12月の消費者物価指数(CPI)は、生鮮食品を除くコア指数が11月の前年比2.5%から同2.3%に減速。今回日銀が公表した「展望レポート」でも、24年度のコアCPIは、昨年10月時点の前年比2.8%から2.4%に下方修正された。したがって、このようなタイミングで、あえてマイナス金利政策の解除が近いことをほのめかすことはないと思っていた。しかし、先々の政策指針を示す「フォワードガイダンス」の変更こそなかったものの、植田日銀総裁の記者会見では、全体的に物価目標達成への自信を深めているような、前向きな表現が目立った。
<大きな方針転換、フォワードルッキングへ>
総裁は昨年10月の記者会見以降、物価について「第1の力」「第2の力」という表現を使って説明してきた。「第1の力」は、輸入物価の上昇が国内の物価に及ぼす影響を指す。「第2の力」は、賃金の上昇を伴った物価の上昇で、いわゆる「賃金と物価の好循環」のことである。外部要因による「第1の力」は、悪いインフレと言えるが、これは既に減速傾向であり、今後も抑制されていく見通しだ。一方で、「第2の力」、つまり「良いインフレ」については、総裁はこれまで、「来春(24年春)の賃金が強く出れば、それが消費を支えていくという因果関係があるので、その辺を『見極めたい』」としてきた。
しかし、今回の会見では「賃金から販売価格への波及も少しずつ広がっていると考える」と述べたうえで、賃金について3月の決定会合までに「ある程度の情報が得られる」との考えを示した。さらには、賃金の上昇が物価上昇に追い付いていないことで、足元マイナスになっている実質賃金については、「足元でマイナスであっても近い将来プラスに転じるという『見通し』があればそれは政策の正常化を必ずしも妨げるものではない」とまで表現を強めている。
要するに、「賃金と物価の好循環」の達成を「見極め」てからマイナス金利政策を解除する、というバックワードルッキングな方針から、将来改善しているという「見通し」を判断材料にするという、フォワードルッキングな方針へと今回の決定会合で大きく転換したことが見て取れる。
<7月解除本命、3月―4月も>
ソニーフィナンシャルグループは、実質賃金がプラスに転じるのは今年の後半と予想しており、これまでの植田総裁によるバックワードルッキングな説明を踏まえ、マイナス金利政策の解除は、今年10月になると予想してきた。しかし、上述したように、そもそも日銀の政策反応関数が変わっていることを考慮すれば、マイナス金利政策解除は、より早いタイミングになると言わざるを得ない。よって、今回の決定会合を受け、当社はマイナス金利政策解除の時期について、今年7月の展望レポート発表のタイミングをメインシナリオとしつつも、データ次第では3月、4月の可能性も十分にあり得るとの見通しに修正した。
<織り込み進む市場>
しかし、今回のタカ派な決定会合を受けて、今後為替が円高トレンドに入るかといえば、そうはならないとみている。翌日物金利スワップ(OIS)の先物をみると、市場では今年3月か4月のマイナス金利政策解除が十分織り込まれており、今後さらに市場の予想が大きく前倒しになることはないからだ。逆に言えば、4月までにマイナス金利解除が決定されることが、市場で約7割も織り込まれているのであれば、あえてそのタイミングを外さずとも、4月にマイナス金利政策を解除すれば、金融市場のボラティリティーは抑えられるという考え方もあるだろう。
神田真人財務官は24日、ロイターのインタビューで「日銀の今後の政策への関心が高く、これが投機にも影響している」と述べ、日銀はじめ各国中銀とは常日頃から連携をとっており、市場に与える影響を注視していくとの考えを示した。日銀決定会合の翌日に政府サイドからすかさずこうしたコメントが出ること自体、政府と日銀の間で、何等かの方針が確認されたのではないかと考えるのは、深読みし過ぎだろうか。
<関心は米金融政策へシフト>
1月の決定会合を通過し、今後は米国の金融政策に市場の関心がシフトしていくことになる。筆者は米連邦準備理事会(FRB)について、3月の利下げ開始や、年内5回超もの利下げが実施されるとの市場の見方は、やや前のめりだと考えている。昨年11月以降、市場で早期利下げ期待が高まったことによって、米株価急上昇に伴いクレジットスプレッドが急低下するなど、これまでのFRBの大幅利上げにもかかわらず、足元はむしろ金融環境が緩和しているためだ。
インフレの再燃を招かぬように、FRBの利下げはあくまで慎重なペースにならざるを得ないのではないか。今後、市場の早期利下げ観測が徐々に後退すればドルに上昇圧力がかかるだろう。一方で、日銀のマイナス金利解除への期待が円を下支えるため、ドル円はしばらく綱引きとなり、143ー150円のレンジで方向感に欠ける展開になりそうだ。
<今春解除ならメッセージ重要に>
注意したいのは、仮に日銀が3月か4月のタイミングでマイナス金利政策解除に踏み切った場合だ。筆者は、いくら市場が十分にマイナス金利解除を織り込んでいたとしても、この時のメッセージの出し方次第では、思わぬ円金利上昇や円高が進行するリスクをはらんでいると考えている。
植田総裁は今回の会見で、マイナス金利政策を解除する際にその後の金利の動向についても考慮するのかと問われると、「そういうことになると思う。そこも含めて深刻なあるいは大きな不連続性が発生するような政策運営は、現在みている経済の姿からすると避けられるのではないか」と述べたうえで、仮にマイナス金利を解除しても極めて緩和的な金融政策は続くとの考えを示した。
つまりは、マイナス金利を解除しても急激な金利上昇などもないし、その後も緩和政策は続けるとの趣旨だ。国内ではこうした見解に理解を得られそうだが、「市場は期待で動く」ことを踏まえれば、マイナス金利を解除すれば、海外投資家は「賃金と物価の好循環」に対するお墨付きが得られたと受け取り、その後の連続した利上げへの期待を強めるかもしれない。
「追加利上げは当面ない」という主旨のメッセージをはっきりと発しない限り、市場は次回、さらにその先の利上げを織り込みに行く可能性があるだろう。しかし、それを避けようと今後の利上げを強く否定すれば、そうした経済環境であるにもかかわらず、なぜマイナス金利を解除するのか、説明がつかなくなる。
<年央にかけ140円割れも>
いずれにせよ、24年春闘の集中回答日が3月中旬であることを踏まえれば、3月以降の日銀決定会合は毎回注目を集め、ボラティリティーが高まる公算だ。前述した通り弊社は現在7月のマイナス金利政策解除をメインシナリオとしているが、FRBは6月から利下げを開始するとみており、年央にかけては、日米の金融政策の転換にも注目が集まるなか、ドル円が140円を割り込む可能性は高い。
(編集 橋本浩)
*本コラムは、ロイター外国為替フォーラムに掲載されたものです。筆者の個人的見解に基づいて書かれています。
*尾河眞樹氏は、ソニーフィナンシャルグループの執行役員兼金融市場調査部長、チーフアナリスト。米系金融機関の為替ディーラーを経て、ソニーの財務部にて為替ヘッジと市場調査に従事。その後シティバンク銀行(現SMBC信託銀行)で個人金融部門の投資調査企画部長として、金融市場の調査・分析を担当。著書に「〈最新版〉本当にわかる為替相場」、「ビジネスパーソンなら知っておきたい仮想通貨の本当のところ」などがある。
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コラム:日銀の金融政策と為替相場、思わぬ円高リスクも=尾河眞樹氏 - ロイター (Reuters Japan)
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